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抹茶茶碗について

抹茶茶碗で重要なこと
抹茶茶碗で重要なこと
【注】抹茶茶碗は、美術館のガラスケースの中に展示・保管しておくものではなく、実際に抹茶を点てて飲むためのものであるので、それに適したものでなければいけません。古くて汚らしいものや、かび臭いなどの異臭がするものもダメです。さらにその上に芸術性が要求されます。


茶碗という文字について

 世間一般では、『ちゃわん』を漢字で書けと言われたら、ほぼ全員が『茶碗』と書くと思いますが、茶陶の分野では『茶碗』という漢字を使うことはほとんどなく、他のいくつかの文字を使うことが多いようです。その一部は、ワープロの手書き入力でトライしても出せませんし、手元にある漢和辞典にも掲載されておりません。たとえば篇が『石』でツクリが『完』の漢字。この字は、たとえば13代中里太郎右衛門が使っています。『茶碗』という漢字は、『飯食い茶碗』のように使うものです。抹茶茶碗は、『飯食い茶碗』と区別して格調高く『抹茶茶』と書くほうがベターだと思います。こんな単純なことでも、この世界は奥が深いのです。

左が『志野茶碗』・右が『志野茶』(発音は全く同じ)

 手元に非常に多数ある抹茶茶の箱書きの文字を少し調べて、その文字とそれを箱書きに書いている著名な陶芸家の名前を次に書いておきます。結果として『茶』が一番多いようです。しかし、『茶碗』という文字は見つかりませんでした。

★ 『茶』と書いている陶芸家の例: 川喜田半泥子・加藤唐九郎・三輪壽雪・加藤孝造・
                   浜田庄司・金重陶陽・谷本光生・坪島土平
★ 『茶』と書いている陶芸家の例: 荒川豊蔵・北大路魯山人

 なお、川喜田半泥子三輪壽雪、および荒川豊蔵の抹茶茶の詳細については、筆者のホームページの各項をご覧下さい。


 お稽古用の安価な茶碗ですと、箱はないか紙箱に入っている程度かと思いますが、それよりも上のクラスの茶碗になると順に、木箱入り、桐箱入り、二重箱入りと、次第に箱も上等なものになっていきます。さらに、桐箱でもピンからキリまであり、上等のものは箱だけとはいえ、かなり高価です。しかし、肝心の中身の茶碗は、現代作家のものでも、最も高価なものは、なんと一千万円くらいします。
 二重箱入りの茶碗の実例を下に示します。まず外箱として黒塗りの箱があり、紐(正式名は『真田紐』 = さなだひも)を解いてそれを開けると、ほとんど隙間の無いきっちりの状態で桐箱が入っております。蓋の上にかぶさっている紐は輪になっている部分が一箇所あり、普通はそれは左上なのですが(『四方左掛け』という)、三輪壽雪の箱では右上です(『四方右掛け』という)。さらに中箱の紐を解いてその桐箱を開けると、四隅に茶碗を保護するためのクッションの役目をする枕があり、中央には仕覆と呼ぶ専用の袋に包まれた茶碗が入っております。そして、多くは桐箱の蓋の表面に、茶碗の種類(たとえば『志野茶碗』とか)、銘、作者名などが書いてあります。蓋の裏面や箱の側面に書いてあるものもあります。下の実例では、銘は蓋の裏面に、やきものの種類と作者名は、箱の手前側面に書いてあります。まれに箱本体の下面に書いてあるのもあります。


二重箱の外箱の外観

外箱の蓋を開いて中の内箱を見たところ


内箱の桐箱を取り出したところ

桐箱の蓋を開いて中を見たところ

  仕覆の中には茶碗を保護するためにぴったりサイズの入れ子が入っており、作者の捺印のある黄色い布(共布)で茶碗が包まれている。  ついに茶碗を取り出したところ。


『四方左掛け』はこのような紐の掛け方
(紐の輪が左上にある)

 新品の茶碗を窯元へ買いに行った場合には、その手順として、
①まず欲しい茶碗を選ぶ(窯元では値段が表示してないことが多く、ドキドキする)
②その茶碗のサイズを計測してもらいピッタリサイズの桐箱を注文してもらう(既製品の箱に入れるのではない)
③その箱に書いて欲しいことを伝える
④後日桐箱が窯元に届き、それに書いて欲しいことを書いてもらって作品を受け取って完了。
この実例については、筆者のホームページ:川喜田半泥子のe-美術館の中の坪島土平のページを参照して下さい。

 何年も前のことですが、学会のついでに、親友の大学教授と美術館へ行きました。彼は茶道に全く興味がないのですが、たまたま私に付いて来たのです。そして展示されていたいくつかの有名な抹茶茶碗を見て、『どれもこれも薄汚いですねー。こんな汚らしい茶碗で本当にお茶を飲むのですか? 自分なら絶対に嫌です!』と言いました。私は、すでに大学生の頃から、このような国宝・重文クラスの抹茶茶碗などを見慣れていて、すごい美術品というような感覚が優先しているためか、汚いという意識はありませんでしたが、彼に上記のようなことを言われてみると、一般の人はそのように思うのか、確かに汚らしいと言えばそうだなあと認識を新たにして、それ以来、茶道具の清潔度がかなり気になるようになってしまいましたので、以下にそれに関する茶道の現場の様子を書きます。
 お稽古用の茶道具は安価であり、気楽に洗剤でゴシゴシ洗ったりできますが、きちんとしたお茶会などで使われる茶道具は古いものが多く、さらに非常に高価で美術品級のものもたまにあり、腫れ物に触るかのように恐る恐る触るので、使用後に洗剤で洗って洗浄するようなことはせずに、たとえば茶碗では軽く湯でゆすいで茶巾で軽く拭くだけですし、その他の茶道具も、普通ではまず洗剤で洗浄などはしません。そんなわけで、一般的な食器と比べると、やはり茶道具は全般にかなり不潔であると言わざるを得ません。その各論の概略を以下に書きますので、参考にして下さい。これは茶道においてお茶を飲むために最低限必要な道具のみについてのことであり、掛軸とか花入とかは、ここでは議論の対象外となります。掛軸でも、非常に古くてシミがあって薄汚く見えるものもありますが、見るだけのものなら汚くても構わないでしょう。しかし、茶碗とかは口に触れたりして健康に直接関係しますので、健康増進・疾病予防・健康長寿の研究者としては、清潔度は無視できません。特にカビなどによるシミは。

 ★ 茶碗: 茶道具の中で唯一これは直接に口を付けるものですが、水分ですら全く染み込まない磁器のコーヒーカップなどとは異なり、抹茶茶碗は陶器(やきもの・土もの)で、『貫入』と呼ぶ釉薬に細かいヒビやピンホールがあり、そこにお茶が染み込んで汚れとなります。ピンホールからは、下にその実例の写真を示しますが、この世界で『雨漏り』と呼ぶようなシミができます。こういった汚れは、たとえいくら洗剤で洗っても除去することは不可能です。このようなシミの部分は、完全に乾燥させないと、そこに微生物が繁殖する可能性が大で、手入れの悪い茶碗は、かび臭いとか異臭がすることもよくありますが、それは主に微生物が繁殖しているからです。微生物学も学んだことのある筆者は、このようなことを考え出すともうダメです。しかし茶人は、このような汚れを汚れとは考えずに、景色と見なして珍重し、愛でて喜ぶのです。このようなことは、普通の人の美的センスでは、とても理解できないと思います。また、『カイラギ』と呼ぶ非常に荒い釉薬のヒビの場合は、飲んだお茶の一部が、その溝に入り込んで、後始末が面倒です。その実例も下に示します。とにかく実際に使った者にしかわからない厄介なことが茶道具にはたくさんあります。とにかく使用後にきちんと手入れをしておかないといけないのです。すなわち、汚れを完全にふき取り、よく乾燥させてからしまわないといけません。ただし、乾燥させてもカビをはじめとする微生物が死滅する訳ではありません。 











   長年使っているうちに釉薬の隙間から
    お茶が染み込んでできた模様

茶人はこれを景色として喜ぶが、一般の人は汚らしいと思う。(根津美術館蔵の有名な重文クラスの雨漏茶碗 銘『蓑虫』)
       飲んだ時に志野茶碗の釉薬の隙間に
        染み込んだ抹茶

飲んだ後すぐに歯ブラシなどで除去できるが、長年繰り返していると次第に取れないシミになってしまう。
(人間国宝 荒川豊蔵作 志野茶碗)


このようなツルツルの肌で全く染み込まない磁器のカップなら非常に清潔
しかし、これと抹茶茶碗の清潔度を比較するのは酷かも?
(ロイヤルコペンハーゲン・ハーフレースカップ)


★茶入れ: 濃茶用の抹茶を入れる容器で、一般にやきものでできていますが、口が小さくて細長い深い形のものが多く、奥まできれいにすることは不可能に近いです。さらに蓋は象牙でできていて、その裏面には金箔が貼ってありますので、なおさら洗えないでしょう。
★ 棗:  薄茶用の抹茶を入れる容器で、一般には漆塗りの口と胴と同じサイズの蓋物なので、内部も容易に洗浄できますが、普通はしません。単に拭くだけです。 
★ 茶杓: 棗から抹茶をすくい取る細長い匙のようなもので、一般には竹でできています。これも容易に洗浄できますが、しません。
★ 袱紗:  厚手の二重の絹(紫色が多い)でできた正方形の形をしていて、茶杓などを拭くもので、わずかに前の抹茶がこびり付いていますが、これも洗わずに叩くだけです。 
★ 水指: 茶釜に追加する水を入れておく容器で、一般には大きなサイズの陶器でできていますが、これも洗えるのに洗剤で洗ったりしません。長年の間に水垢が付くかも。

 以上のように、茶道具は一般に洗剤でよく洗浄したりする習慣がなく、やはり日常使っている台所の食器と比較すると、残念ながら清潔とは言えないでしょう。しかも味わい深い肌のやきものほど清潔度が低くなる傾向があるのは悲しいことです。  

 古い茶碗や手入れの悪い茶碗は、カビ臭かったり、見た目が汚らしいものがよくあります。しかし、抹茶茶碗は抹茶と湯を入れてお茶を点てて、直接口を付けて飲むものですので、清潔でないといけません。筆者は、不潔感のある茶碗では抹茶を飲みません。古志野茶碗なども手元にありますが、とても古臭くて、それで抹茶を飲む気は全くしません。
 抹茶茶碗のクリーンアップ法と消毒法を書いておきます。まずは、入れ歯洗浄剤のポリデントなどで汚れを取ります。次に鍋に入れて20分くらい沸騰水で熱湯消毒をします。茶葉を一緒に鍋に入れてやると消臭効果が期待できます。活性炭ならさらに効果があります。このような処理で、科学的に清潔な茶碗になります。オートクレーブすれば殺菌は完璧ですが、一般の方だと、わざわざ研究室へ行って頼まないと無理ですが、家庭でしたら圧力鍋でやれるかと思います。
 茶碗の使用後は抹茶の汚れを取り、きれいにして、十分に乾燥させてから収納しないと、カビが生えて臭くなったりします。特に楽茶碗は要注意です。完全に無臭の古い楽茶碗は少ないようです。


田口寛 作 抹茶茶碗

以下の3碗は、多数ある自作の茶碗の一部です。

白茶碗 銘「初雪」  黒茶碗 銘「黒兵衛」 銘「若草」 

自分で設計・施工したお茶席「健長庵」でお手前中の筆者
【注】「健長庵」とは寿から命名しました。



 
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