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私は3回も死にそうになり悟りを開きました

下記に述べるように、私はいずれも趣味のことをしていて、3回も死にそうになった経験があります。
「生」か「死」か、このような差は、いったい何によるのか?
単なる偶然か、それとも必然か?それが問題だ!
生と死を分けることにも運命・宿命があり、さらには私が唱えている『人生は、あらかじめプログラムされている!』という『プログラム説』で、神のみぞ知るのか?!


エピソード 1

大学院生だった23歳の頃、台風が接近している海水浴場で、まだ雨は降ってなかったのですが、荒波のために遊泳禁止となっているにもかかわらず、せっかく来たのだから泳ごうと思い、係員が遊泳禁止を呼びかけているのに泳ぎました。すると、すぐに非常に大きな波に飲み込まれ、いくらもがいてもどうにもならずに波の回転によって私の体はくるくる回って自分では全く制御不能となり、少し沖に持って行かれてしまい、本当にもう死ぬと思いました。波の力がこんなにも強力だとは知りませんでした。しかし、幸運なことに、少し波が小さくなったので、無我夢中で必死で陸へ向かって泳ぎ、ついに荒波から脱出することができて、命拾いしました。着替えてから帰る時に、その海岸で水死体が引き上げられているのを見ました。自分もそうなっていたかもしれないと思うと、他人事ではありませんでした。

エピソード 2

アメリカに住んでいた33歳の頃、Sabbaticalで初夏のカナディアンロッキーへ行った時のことです。宿泊していたバンフのホテルの裏山を散歩していたら、とてもきれいな赤い色のIndian Paintbrushという名前の花がたくさん咲いていて素晴らしかったので、一生懸命に夢中で写真撮影をしていました。すると後ろの方で何かゴソゴソする気配がするので振り返って見ると、なんと非常に大きな熊がこちらへ向かって来るではありませんか。必死で全速力で走ってホテルへ逃げ込みましたが、その熊との距離は、どんどん短くなって、ホテルの玄関から中へ飛び込む時には、わずか5メートル以内くらいしかありませんでした。熊に気付くのがもう少し遅かったら、あるいはホテルとの距離がもう少しあったら、私は死んでいたかも。この時に必死で走ったスピードなら、オリンピックで入賞できるのではないかと思うくらい、猛スピードでした。ちなみに、カナディアンロッキーでは、熊は決して珍しくなく、よく見かけます。人に餌をもらおうとしているのか、道路わきにもよくおります。しかし、カナダでは野生動物に餌をやるのは法律違反です。


←バンフで熊に遭遇する3時間くらい前の私です。当時はアメリカの大学の客員助教授でしたので、ルックスがなんとなくアメリカナイズしております。(昔のアルバムに貼ってある変色した写真を複写)



エピソード 3

43歳の頃、自作の真空管アンプがやっと完成し、試運転したところ一応作動することがわかり、次に電源をオフにして調整箇所を細かく点検していた時のことでした。左手にシャーシ(マイナス側)、右手にテスター棒を持ってチェックをしていましたが、その際に不注意でB電源のライン(プラス側)に触れたようで、電源を切ってもコンデンサーに残っている数百ボルトの直流に感電して全身がしびれ、心臓も変になり、このような状態が少し続きました。同時に家の電気のブレーカーが落ち、部屋が暗くなってしまいました。この時こそ本当に死ぬと思いました。生きていることがわかり、ホッとすると同時に、とても嬉しかったのをよく覚えています。電流が心臓ではなくて体表面を流れたので助かったのではないでしょうか。

   これが感電した自作の300Bプッシュプルの真空管アンプのシャーシ内部(下面)
この上面に真空管や非常に重いトランスなどがあり総重量は20kgもあります
(子供の頃からこのようなものを作るのが大好きです)

皆様の健康長寿のために

以上のような自分自身の趣味の世界での想定外の臨死体験や、元気にしていた身近な人たちに『がん』が見つかって数ヶ月以内などの短期間の内に次々と亡くなるのを見て、命の大切さや『がんの予防と早期発見・早期治療』の重要さを悟り、さらになぜか『おまえは皆様の健康長寿のために奉仕せよ!』という天の声も聞こえてきて、私はそれ以来、皆様方の命・健康を守ることに少しでもお役に立てればとの思いで、健康増進・疾病予防・健康長寿の基礎と応用(商品化)の研究に尽力し、単なる流行やイメージだけでなく、理論的・学術的な面から判定しても本当に体に良い健康グッズの開発や講演などで健康の重要さの布教活動をし続けております。すなわち、私は『健康法師』であり『健康教教祖』なんです。次の文章をご覧下さい。




 
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