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『一楽・二萩・三唐津』について

 茶道の世界では、古くから茶人の抹茶茶碗の好みの順位、あるいは格付けとして、1位が楽焼(京都)、2位が萩焼(山口県萩市)、3位が唐津焼(佐賀県唐津市)ということで、『一楽・二萩・三唐津』とよく言われてきました。

楽焼

 1位の楽焼は、わび茶の世界を完成させた千利休が創案し、楽家の初祖の長次郎に茶碗を作らせたのが始まりの茶道用の焼物で、すでに400年以上の伝統があります。長次郎は、唐人あめや(飴也)の子と伝えられています。このような歴史からして、楽茶碗は茶道(特にわび茶)にぴったりで、茶人好みであるのは当然のことでしょう。釉薬の色は黒(黒楽)と赤(赤楽)があり、特に黒楽には図柄はほとんどなく、多くは真っ黒一色で、茶碗のFormal Wear的であり、茶碗の重要な見所である高台まで全面が黒い釉薬ですっぽり覆われていて胎土は全く見えません。中は見せない秘密主義の茶碗とも言えます。黒楽は、黒一色で、ただ無があるのみで、禅の世界に通じるものがあり、『茶禅一味』を具象化したものと言えます。無作為・シンプルで変化がなく、小型でおとなしい形であり、すぐに飽きてきそうですが、逆にそのことが奥が深く、人それぞれに、その時に応じて色んなことを考えさせられ、イマジネーションを活性化させます。逆に派手な図柄が描いてある方がすぐに飽きるような気がします。黒一色で、内包的で内に秘めたるパワーがあり、まるで宇宙とか、あらゆるものを吸い込んでしまうブラックホールのようなところがある究極の茶碗とも言えます。この漆黒の色は、抹茶の若草色をハイコントラストによって引き立て、抹茶の存在感を増して、より美味しそうに見せるという効果もあります。ただ、この世界の奥は非常に深く、もっと修行を積まないと黒楽の本当の良さはわからないようですので、今後も多くの楽茶碗に触れて、さらに修行を続けます。楽家当代(15代)は、今までの保守的な伝統や個性のなさに反発してか、茶人には賛否両論のある非常に前衛的で斬新な作風の作品を制作しておられます。

楽家初代 長次郎作 黒楽茶碗  その高台付近の様子 

萩焼

 2位の萩焼は、茶陶として優れています。その土味、素地の景色、釉薬など、古い朝鮮茶碗に最も近いようです。初代は坂高麗左衛門で、朝鮮から帰化した人です。その後、萩焼は、坂氏、三輪氏、林氏の3派ができました。萩焼も400年以上の歴史があります。一般にすり鉢のような形の井戸形の茶碗が多く、図柄はありません。釉薬が薄く掛かっているだけですので、その多数あるピンホール部分からお茶が染み込んで、次第に味わい深くなってくる、いわゆる『萩の七化け』が生じますので、使い込む楽しみがあります。下の写真の茶碗は、湯を入れただけで湯が染み込んで、多数の点々模様が釉薬の下に出ます。

 人間国宝 現 三輪壽雪作 萩茶碗   その高台付近の様子

唐津焼

 3位の唐津焼は歴史が古く、斉明天皇の時(655〜661年)に、神功皇后の三韓征伐の際に連れてきた高麗小次郎冠者が陶器を作り始めたのが最初と考えられています。唐船の出入りする港の近くでしたので唐津という地名になり、さらにこの地方の焼き物の名称になりました。製品は多岐にわたり、茶陶のみということではありません。九州地区などでは、瀬戸物のことを唐津物と呼んでいるくらい代表的で一般的な焼き物です。絵模様のあるのを絵唐津と呼び、1590年頃までに完成したようです。一般に、あっさりしたシンプルでモノトーンの絵が多いようです。

 無形文化財 13代 中里太郎右衛門作 唐津茶碗   その高台付近の様子

井戸茶碗

 上記の『一楽・二萩・三唐津』よりはマイナーですが、『一井戸・二楽・三唐津』という言い方もあります。井戸形茶碗の実例を次に示します。厳密に言えば、井戸茶碗とは、この写真のようなすり鉢形の茶碗で、李朝初頭に作られたと思われる高麗茶碗の一種です。京都大徳寺・孤篷庵所蔵の国宝の茶碗『喜左衛門井戸』は有名です。日本でも井戸形茶碗は、たくさん作られております。井戸茶碗は高台付近の梅花皮(カイラギ)が特に見所です。梅花皮とは、釉薬が縮れて粒状になっているものです。

 川喜田半泥子作 井戸形茶碗  その高台付近の様子
(梅花皮にご注目)

志野茶碗

 しかしながら、私は個人的には、茶碗では志野が一番好きで、私の好みのベスト3としては、『一志野・二萩・三楽』です。志野茶碗の実例を次に示します。『人間国宝・荒川豊蔵の志野と随縁など』のページもご覧下さい。

 人間国宝 加藤孝造作 志野茶碗  その高台付近の様子

 一般に志野茶碗の高台付近は釉薬を掛けず、土が露出していて、よく見えており、そこが大きな見所です。心の中まで見せてくれているかのようで、なんだか親しみが湧きます。志野や紅志野の温か味のある色合い、ソフトな雰囲気が特に好きです。
 志野茶碗の最高峰は、三井記念美術館所蔵の国宝『卯花墻』(ウノハナガキ)です。現在、日本には8碗の国宝茶碗があり、そのうちの2碗のみが日本で作られたもので、残りはすべて中国(5碗)と朝鮮(1碗)で作られたものです。国産の茶碗で、『卯花墻』以外のもう1つの国宝茶碗は、本阿弥光悦作の『不二山』で、上下に白と黒の釉薬が掛かっている楽茶碗です。
 


 ご参考までに、最も高価と思われる茶碗は、静嘉堂文庫美術館所蔵の『曜変天目』(通称:稲葉天目)で、最後に取引された時の価格を、現在の貨幣価値に換算すると17億円に近い金額になります。これは国宝の茶碗ですし、静嘉堂文庫美術館が門外不出にしていることもあって、あり得ないことでしょうが、もしも現在オークションに出たら、落札価格は50〜100億円になるだろうと言われております。
 茶道具の中では、茶碗とお茶入は特別なのです。茶碗が素晴らしいのは、見て、触れてお茶を点て、さらに最も重要なことは、直接口を付けて、お茶を飲むための道具だということです。しかし、見ただけではわからなくても、実際に使ってみると、抹茶がとても点てにくいものとか、飲みにくい茶碗がかなりあります。

【補足】通常は、『一楽・二萩・三唐津』とは書かずに、『一楽二萩三唐津』と続けて書きますが、ここでは読みやすくするために、『・』を挿入しました。


 
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