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『ライカM3』に関連する随筆 ― アナログからデジタルへ ―

ライカのイメージカラーは赤なので、今回は全ての写真の背景を赤にしました。

これが世界のカメラ史に残る歴史的名機の『ライカM3』で、『カメラのロールスロイス』とも呼ばれており、それに好きなレンズのSUMMICRON 35mm, F2を装着した例    現在でも程度が非常に良好なライカオリジナルのM3用の皮ケース(今や貴重品)

“M3” というこのカメラの型番について

 レンジファインター式のカメラでは、これ以上のものはない空前絶後の名機と言われてきた『ライカM3』の型番については、それまでのライカカメラ(L型)よりも大幅に改良されて ”More rapid, More convenient, More reliable” になったということで、これらの頭文字は『Mが3つ』なので ”M3” となったと、あちこちに書いてありますが、その説は、いかにも日本人的発想から来たものであり、間違いではないかと思います。その原典は、下に示す当時のライカ社の英語版のパンフレットの裏表紙の右上にある文言ではないかと思います。ご参考までにそれを開いた最初のページの様子も示します。このパンフレットは、1954年にドイツで印刷されたもので、それはM3が誕生した年のことです。

ライカM3の新発売の年(1954年)に発行された英文パンフレットの裏表紙右上の様子
【これを見て、mが3つだからM3なのだろうと思うのは日本人だけ!← 本文参照】
  何ページかあるそのパンフレットを開いた
最初の部分の様子

 “M3”の型番の由来については、ライカ社の資料中に、まだ見つけることができておりません。ちなみに英語の ”more” に相当するドイツ語の単語は ”mehr” であり、やはり ”m” で始まります。ドイツの文豪ゲーテが死ぬ間際に “Mehr Licht!” 『もっと光を!』と言ったことは非常に有名で、ゲーテの最期の言葉なので、この意味についての論争が絶えないようですが、さらなる真実を知ると、がっくりします。すなわち、その時に『もっと光を!』の他に、『格子戸を開けてくれ!』とも言ったらしく、ただ単に部屋が暗いので、もっと明るくしてほしい! と言っただけであって別に深い意味は何もないようです。この例のように、世の中には奥を知らないほうが夢があってよいこともありますねー。
 さて本題に戻りますが、英語やドイツ語などでは、数詞は必ず名刺などの前にきて、後にくることは決してありません。例えば、日本語では『リンゴ3個下さい。』などと、通常は数詞を後に言いますが、英語やドイツ語であれば語順は必ず ”Three apples, please.” や “Drei Apfels, bitte!” となります。なので、もしも『Mが3つ』に由来しているのであれば、決して “M3” ではなくて ”3M” となるはずなのです。それにぴったりの実例として、アメリカにある有名な化学会社の “3M” は、フルネームが ”Minnesota Mining & Manufacturing Co.” と、Mが3つあることから “3M Company” という略称が一般に使われているのです。余談ですが、私は以前には3M社の2トラ38用の大きなレコーディングテープをよく使っていましたので懐かしいです。日本では、住友電気工業と合弁の『住友スリーエム』として事業を展開しています。
 ずっと以前から気になっていることですが、『セブンスリーゴルフクラブ』というのがあり、そこのマークが『777』なんです。どのような事情や経緯があるのかわかりませんし、どのようなマークにしようが勝手なので余計なお世話でしょうが、英語的には『セブンスリー』ならば『73』か『3333333』しかあり得ないのです。スロットマシンやゲームなどで『777』は非常にポピュラーであり、誰でも『スリーセブン』と言っていますが・・・・
 正しい呼び方の実例として『銀河鉄道999』というタイトルの松本零士作の非常に人気のSF漫画、およびそれを原作としたテレビアニメ番組やアニメ映画があり、その略称として『999スリーナイン』と一般に呼ばれています。
 ところで、ライカの ”M3” は、いったい何に由来しているのでしょうか? 私は仕事柄、何事も徹底的に調査・研究する性格でして、ライカに関する本も洋書と和書を合わせて数十冊も所有しており、ほぼ一通りのものは揃っていますが、その中にライカの研究家である中川一夫氏の次のような説をずっと前に見つけ、賛同しております。すなわち、『レンジファインダー』のドイツ語である “Messsucher” (『メス・ズーヒャー』と発音する)の頭文字のMと今回新たに内蔵された50mm, 90mm, 135mm の3つのファインダーフレームから “M3” となったというものです。この “Mess” は、化学実験などで使う『メスシリンダー』の『メス』と同じ単語で、『測定』という意味ですし、”Sucher” は『探査するもの』といったような意味です。ドイツ語は、複数の名詞を直結して新しい一つの名詞を作ることができます。余談ですが、私は学生の時にドイツ語を猛勉強しましたし、今までにドイツ各地へ何回か行ったことがあります。ライカを本格的に研究する場合、ドイツ語を知っているとかなり有利です。
 上記の『ライカM3』はレンジファインダーカメラの中では世界一であるのに対して、その日本一は次に示す『ニコンSP』です。

日本一のレンジファインダーカメラと言われている『ニコンSP』のボディに
NIKKOR-H 5cm, F2のレンズを装着した例


ライカカメラの歴史の概略

 ライカカメラの創始者はオスカー・バルナックです。彼は写真撮影が趣味でしたが、体が弱く、当時のカメラは大きな木箱でできていて三脚が必須であり、大きなガラス乾板に映像を写し込むもので、あちこちへ持ち歩くには大変で、かなりの体力を必要としました。そこで、もっと小型で簡単に持ち歩けるようなカメラが欲しいとのことで、自分自身で設計にとりかかり、ついに1913年にプロトタイプの ”Ur Leica” を完成させました。”Ur”とはドイツ語で『原始』とか『先行』という意味ですが、このカメラは3台しかありません。これは映画用のフイルムの2コマ分である24 x 36mmのサイズの原版の写真が写せるもので、『ライカ版』や『35mm版』という呼び方の原点となりました。このカメラが生まれたもう一つの説として、映画撮影の時の露出チェック用というものです。ひょっとしたら、それら両方の必要性からできたのかもわかりません。その後改良を重ねて、0型、A型、B型、C型などと続き、さらにⅠ~Ⅲ型まで数多くのモデルが市販され、それらは全てバルナック型と呼ばれており、交換レンズはスクリューマウント式で『Lレンズ』と呼ばれているネジ式のもので、レンズ交換の際には、レンズをクルクルと何回も回転させないといけなくて、結構面倒なものでした。そのバルナック型の完成版である『モデルⅢf』を次に示します。 ”Ur Leica” からスタートして40年以上も改良を重ねてきたバルナック型カメラでしたが、基本的には同じ形態のままであり、いよいよそれも限界に達したのか、すべてを一から設計しなおして、大改革をした当時としては驚異的な先進のカメラが “M3” でした。このカメラの登場は、世界のカメラ界を震撼させ、その影響は甚大なるものがあり、これによって日本のカメラメーカーはとても太刀打ちできないとのことで、その後のレンジファインダーカメラの開発を止めて一眼レフカメラにシフトし、世界一の地位を築く原因となったので、この凄い “M3” を開発したライカ社に感謝しないといけません。

バルナック型ライカの最終型・完成版とも言うべきⅢfにElmar 3.5cm, F3.5レンズを装着した例


ライカM3の素晴らしさ

 ライカM3は、レンジファインダーカメラとしては世界一と言われておりますが、どこがそんなに素晴らしいのか、凄いのでしょうか。それは、それまでのカメラの欠点を大幅に改良し、便利で使いやすいものにしたからです。たとえば、フイルム装填、シャッターチャージとフイルム巻き上げ、フイルム巻き戻し、レンズ交換などにおいて多数あります。ただしそれは、その当時としては画期的なことでも、現在では普通の(ライカM3の真似)、あるいは別に大したことはないというようなことばかりですので、話の種にM3の中古品を買って使ってみようなんてことは考えてはいけません。何しろ程度の良いM3のボディとレンズのセットの中古品でも、現在の上等の35mmフルサイズ・デジタル一眼レフカメラくらいの値段がしますし、始めてライカを使う人なら、現在のカメラに比べると頭にくるくらい不便なカメラですので、今頃から手を出すのは絶対に止めて下さい。必ず後悔します。このカメラは、発売当時に持っていたら、家が買えるくらいなので、それこそ凄いことですが、今から中古品を買って所有しても、単なる骨董品の収集になるだけです。近年のフイルムカメラに比べても、M3がいかに不便であるかの一例として、フイルムの装填法を次に示します。これで、非常に不便であることがわかると思います。こんなことでは、フイルム交換に手間取り、シャッターチャンスを逃すこともありますし、慌てていて裏蓋がうまく締まっていなくて光線漏れを起こすこともあります。これらのことは実際に私が体験しており、泣きました。デジカメなら、そんな失敗は起こり得ません。

ライカM3にフイルムを入れる手順(他のM型ライカでも同様)

① 底蓋をはずす
② 裏蓋を開ける
③ フイルムの先端を右側のスプールの隙間に差し込む
④ フイルムとスプールを奥へ移動させて正しい位置にセットする
⑤ フイルムのパーフォレーションがスプロケットの歯にうまく噛み合っているのを確認する
⑥ 裏蓋を閉める
⑦ 底蓋をする
⑧ 2回くらい空写しをしてフイルムを少し巻き上げる
⑨ 以上でやっと撮影できるようになる

 その当時としてはM3は世界の最先端の超高級カメラであり、非常に高価なロールスロイス級のカメラで、庶民には無縁の凄いものでした。現在では、性能的には全く大したことはありませんが、このようなカメラを経て現在の超高性能のカメラへと進化していったのですから、M3は非常に重要なカメラの歴史の通過点やお手本でもあったのです。
 実際にライカM3カメラを手に持ち、ピントを合わしてシャッターを切るなどしないとわからないことですが、実体験から言える感想の主な点は次のようです。

★ オール金属製なので大きさの割には、ずっしりと重くて存在感十分
★ 見るからにいかにもドイツ製の手作りの精密機械という雰囲気がある
★ メカ好きの男心を大いに刺激するデザイン・外観
★ 両サイドに丸みがあって持った感覚、ホールド感がすばらしく、サイズ的にも手によく馴染む
★ 撮影しない時でも暇があれば触れていたい気持ちになる魔力・魅力がある
★ 何とも言えないオーラが全体に出ている
★ ピントが合わせやすい(その他も全てマニュアル式)
★ シャッターを切ったときの感触や音が素晴らしい
★ 各部に緩みや遊びが全くなく、すべてカチッと決まっており、ドイツのマイスターの腕が実感できる
★ 完全に機械式で電池が必要なく、充電や電池切れの心配が無いので、いつでもどこでも電池のことを気にせずに安心して使える(デジカメでは無理)
★ どの交換レンズにも固有の名前があり、デザインもそれぞれ個性的で自己主張しており、持つ喜び、使う楽しさがあり、いつまでも愛蔵したくなる。現在の日本のカメラやレンズにはそのようなのは皆無であり、日本の製品はこの点が大いに問題!
★ しかし、フイルム写真での写り具合や味は、レンズによって決まり、カメラボディには直接の関係はない。


写真で見るM3への改良の要点

 バルナックが開発したUr Leicaに始まり、Ⅲ型まで少しずつ進化していったバルナック型のカメラでしたが、色々と不便な点があり、それらを根本的に改良しようとなり、一から設計をし直して、姿形も全く別物のようになったのがM3です。その中でも特に重要な改良点を以下に写真で紹介します。レンズ交換が迅速にできるようになったバヨネット方式は、現在の各社のレンズ交換式カメラに使われている方式ですし、フイルム巻上げレバーも、その後の各社のカメラに採用されているものです。
 バルナック型では、レンズを交換しようとすると、まず付いていたレンズを、クルクルと左回りに回してはずします。約3周半ではずせますが、実際には10回くらい持ち換えて小刻みに回転させて、はずします。そして次に装着しようとするレンズを、その逆の操作で付けるのですが、カメラ側とレンズ側の接合面(ネジ山)を完全にうまく一致させるのに少し手間がかかりますので、はずす時よりも面倒です。それに反してバヨネット式であれば、脱着はとても簡単で瞬時にして完了します。この方式は、その後に各社が採用しています。この両方式の違いは大きく、レンズ交換に時間がかかって、もたもたしていますと、重要なシャッターチャンスを逃すこともあり、大いに問題です。フイルム巻き上げも、レバー方式になって瞬時に完了するようになり、とても便利になりました。その他にも色々と改良されたのがM3です。現在では当たり前のように思っていることが、M3が起源だということがいくつもあります。その意味でもM3は凄いと思います。まさに当時のライカ社の宣伝文句のように、それまでのカメラに比べて “More Rapid, More Convenient, More Reliable” のカメラがM3なのです。
 しかし、さらにデジタルカメラになったら、当然のことながら巻き上げレバーなど全く必要のないものがあり、科学技術の進歩はカメラの世界をも激変させています。聞くところによると、いずれ機械的なシャッターはなくなり、可動部のない液晶シャッターのようなものが実用化されるらしいです。絞りも同様です。とにかく可動部がないということは、機械物の故障率が激減するという大きなメリットがあります。

ライカのカメラの進化の過程のごく一部を次に示します。

ライカの歴史でエポックメーキングなカメラの例
左から:Ⅲf(バルナック型=L型のほぼ最終型), M3(M型の最初のもの),
 M8(デジタルカメラの最初のもの)


(1) レンズ後部のカメラボディへの接合部分

Ⅲf など用のL型レンズ  M3 など用のM型レンズ
 面倒なスクリュー(ネジ)式  ワンタッチのバヨネット式

 L → Mマウント変換アダプターがあり、スクリュー式のLレンズでもM型カメラで問題なく使用できる(その逆はフランジバックの長さの関係で不可能)。なので、今から80年も前のレンズが、この変換アダプターを使えば、現在のデジタルカメラにも何ら問題なく装着でき、オールドレンズ独特の雰囲気のある写真が楽しめるのです。このようなこともライカの素晴らしい点です。ライカMマウント用のレンズは、他社からも何種類も発売されていることもあり、恐らくその種類の多さでは、ライカMマウント用のレンズが世界一だと思います。


(2) ボディ側のレンズ接合部(マウント)

Ⅲf   M3
 ネジが切ってある  バヨネットの爪があるのみ

 『L → Mマウント変換アダプターリング』とその使用例を以下に示します。このリングを使用しても、ピントはカメラと連動して正確に合わすことができます。ライカ社以外からも、『ライカLマウント』や『ライカMマウント』と互換性のあるレンズがいくつか市販されてきました。これらのマウントは、ライカが偉大であったために、レンジファインダーカメラでは、ライカの規格が世界標準のようになっております。

 L → Mマウント変換アダプターリング
  (写真の下側がLレンズ側)
 矢印がそのリング
(ボディは特別限定M型)

 そのアダプターの使用例を次に示します。下に示すLレンズは、Summar f=5cm 1:2で、それに刻印してあるシリアル番号から1936年製造であることがわかりますので、80年近くも前のものであり、そんな非常に古いレンズでも、アダプターを介して現在のライカのデジタルカメラの交換レンズとしても問題なく使用できるのは驚きです。ピントはそのファインダーを覗いて正確に合わせられますし、露出もカメラに内蔵の露出計でTTL測光ができます。余談ですが、当時はレンズの焦点距離は現在のようにmm単位ではなくcm単位で表示されていました。また、これは現在もそうですが、ドイツ語では小数点はピリオドではなくてコンマで表記します。ここでのレンズ名・焦点距離・明るさなどの表記は、各レンズに刻印してあるまま転記します。以下の写真は、それぞれのレンズで絞りを4にセットし、カメラボディは、ライカのデジタルカメラのM8で撮影しました。被写体は、海外旅行で買ってきた色々なものが雑然と置いてある飾り棚です。全ての実例写真は、色補正を始めとする一切の加工をせずに、撮影した原画のままを以下に示してあります。

 Summar f=5cm 1:2(沈胴式1936年製) 左記のレンズで撮影した実例 

 比較のために、1998年製で2枚の非球面レンズを採用した現在の最高性能の超高級Mレンズ(SUMMILUX-M 1:1.4/35 ASPH.) の写り具合を次に示します。これは、すべてのライカレンズの中で最も高解像度であると思います。下記の各レンズとの差は歴然です。

 SUMMILUX-M 1:1.4/35 ASPH(1998年製) 左記のレンズで撮影した実例 

 Leitz Elmar f=3,5cm 1:3,5(1949年製)  左記のレンズで撮影した実例

 同様にして、その他のライカのLシリーズの数十年前のオールドレンズによる試写をしてみましたので、それぞれの写り具合の比較をしてみて下さい。

 Leitz Elmar f=5cm 1:3,5(沈胴式1955年製) 左記のレンズで撮影した実例 

 さらに比較参考のために他社のLレンズでも、同様に撮影してみました。

 CANON LENS 50mm f:1.8(1952年頃製)
(金属の塊りでずっしりと重い)
  左記のレンズで撮影した実例

 CANON LENS 50mm 1:1.4(1959年製) 左記のレンズで撮影した実例 

Voigtländer Super Wide-Heliar 15mm F4.5
Aspherical(これは近年の超広角Lレンズ) 
 左記のレンズで接近して撮影した実例

 このセクションの最後に、約400年前の古志野の抹茶茶碗を約80年前の上記のSummar f=5cm 1:2(沈胴式1936年製)レンズで撮影した写真を次に示します。この茶碗の古さと比較したら、約80年前のレンズなんて若いものです。アダプターも何も追加せずに、現在でも当時と全く同様にして抹茶を飲むことができますから、芸術品は凄いですねー。

約400年前の古志野の抹茶茶碗を約80年前のライカのレンズで撮影した写真


(3) フイルム巻上げノブ・レバー

Ⅲf M3
 右端のノブをクルクル回して巻き上げる  レバーで瞬時にして巻き上げる

(4) ファインダー

 Ⅲf M3 
覗き窓が2つあり、左側が距離合わせ用   一つの窓で距離合わせとフレーミングが可能

ライカM3が世界一のカメラであったのでライカ社が苦しくなり、 逆に日本が世界一のカメラ大国になった!?

 ライカM3の性能が、それまでのカメラに比べてあまりにも素晴らしくて、世界的に評判も非常に高かったために、これ一筋にライカ社は固執し過ぎていました。一方、日本ではライカM3に全く太刀打ちできず、これを凌駕するようなレンジファインダーカメラの新たな開発をあきらめて一眼レフカメラにシフトし、それに全力投球したために、非常に高性能な世界一の一眼レフカメラができるようになりました。そして、レンジファインダーカメラの使いにくさ・不便さに対して、一眼レフカメラの高機能性・使いやすさなどのために、ユーザーの愛用カメラが次第にレンジファインダーカメラから一眼レフカメラへと移行していったにも関わらず、ライカ社はいつまでもレンジファインダーカメラに固執していたために、時代の流れや世界のユーザーの希望への対応に遅れをとり、いつの間にか日本の一眼レフカメラが世界を席巻し、ついには日本の独走状態になって、ライカ社は経営が困難になってしまったようです。ライカ社にも一眼レフカメラは少しありますが、評判はよくなくて日本の独壇場です。なんと日本のミノルタが製造したのもあります。
 日本国内はもちろんのこと、あちこち海外旅行をしても、日本製以外のカメラを持っている人はほぼ皆無に近く、日本は世界一のカメラ大国になりました。たとえ世界一の大都会であるニューヨーク市内でも、ライカのカメラを持っている人を見かけることは、ほとんどありません。一眼レフカメラでは、キヤノンとニコンが非常に多いようです。その比率がどのくらいか、近くニューヨークで実際に調査してみます。
 今やカメラはメカニカルからエレクトロニックへ完全移行し、まるで小型パソコンのような様相を呈してきました。エレクトロニクスの進歩が激しく、次々と改良された新製品が出てきますが、名機として歴史に残るようなものはなく、単なる写真を記録するための道具になり下がり、一つの製品の寿命が非常に短いのが特徴で、全く愛着が湧きません。これは、パソコンなどと同様の現象で、もはや末永く一生大切に愛用したくなるようなカメラ(デジカメ)は存在せず、たとえ高級なものでも使い捨ての時代になってしまいました。悲しいことですが時代の流れ、科学技術の進歩で仕方ありません。たとえば、デジカメが出始めた時のCFのメモリーカードは128MBくらいでしたが、今やその約千倍もの大容量のものが出ており、値段は十倍くらいしか高くないような現象が起こっています。こうなると、いくら記念すべき最初のメモリーカードと言えども、それをいつまでも大切に使い続ける人はいないでしょう。これが科学技術の進歩、特にデジタル技術の『日進月歩』ならぬ『秒進分歩』の現状なのです。とにかく性能が向上し、サイズが小さくなり、値段が安くなるのが常です。なので、『ライカM3』が当時は世界最高レベルのカメラでも、今となっては全く時代遅れのカメラとなり、科学歴史博物館のような所に展示されるようなものであって、今の時代にはとても実用にはなりません。これは全ての科学技術製品に課せられた宿命で、たとえ何であっても、今は世界一でも50年もすれば、時代遅れの駄作になってしまうのです。この辺が、私のもう一つのビッグな趣味である『やきもの』と全く違う点でして、たとえば人間国宝の荒川豊蔵の志野茶碗なら、年々値打ちが上がっていきます。
 フイルムカメラ全盛の頃は、1週間くらいの海外旅行に行く時でも、36枚撮りのフイルムを空港でのX線検査で感光しないように鉛入りの専用袋に入れて60本くらい持参しました。フイルム交換も大変で、そのために折角のシャッターチャンスを逃したりしましたし、帰国後に先ずは同時プリントに出しますが、大量の写真があって撮影順がわからなくて後の整理に困ったり、写真とネガを入れたポケットアルバムが、どんどん溜まってきて保管場所に困ったりなどなど、本当に何かと大変でした。しかしデジタルカメラの時代になり、フイルム交換のような手間は全く無く、たとえ超高解像度の写真を撮影しても大容量のメモリーカード1枚で何千枚と撮影でき、しかも撮影後はハードディスクにコピーすれば場所もとらず、さらに撮影日時や場所も同時に記録されて、後での検索も簡単ですし、撮影した写真の加工も自由自在で、何でもできると言っても過言ではありません。本当に凄い時代になってきました。デジタルになってからは、大容量のメモリーカードをカメラに入れておけば交換の必要が無く(現実にはクラッシュ対策としてメモリーカードを何枚かに分けて撮影)、つい撮り過ぎるようになり、1週間くらいの海外旅行でも6千コマくらいの写真をいつも撮影しております。さらにデジタルカメラにしかできない素晴らしい長所は、撮影した直後にその写真の写り具合をカメラ背面のモニターで確認できるので撮影の失敗がなくなること、ISO感度をいつでも自由に変更できるので、私の場合のように昼間は非常に明るい直射日光下での撮影なのでISOを100にセットし、夜は天体写真を撮影するために感度を大幅に上げてISOを6400にセットするというようなことが簡単にできることです。
 世界一のフイルムメーカーだったコダック社は、すでにポジカラーフイルム(カラースライドフイルム)の製造を止めましたし、さらにドイツの有名なフイルムなどのメーカーのアグファ社も自社内でのフイルム事業は撤退しました。いずれ全てのフイルムがこの世から消える日が来ると思います。私は10歳から写真を始めて、もう50年以上も写真に関するあらゆることを体験してきましたのでよくわかるのですが、フイルムとデジタルを比較しますと、やはりトータルで見て、フイルムは現在のデジタルには到底勝てません。時々フイルムを絶賛する人がいますが、デジタルと徹底的に比較してみた結果ではなく、単なるイメージで言っているだけのようです。さらに、デジタルカメラやそのデータを処理するために必要となるパソコンに付いていけないアナログ人間であり、細かい文字がよく見えないとか、デジタルに参入できなくて単に操作が簡単なのでフイルムカメラを続けているだけのこともかなりあるようです。


デジタルカメラには無用の長物

 フイルムカメラの時代には、とても重宝しましたが、デジタルカメラになってからは全くの無用の長物になってしまったものの実例を3つ、以下に紹介します。科学技術の進歩は本当に恐ろしいものです。今となっては、カメラ歴史博物館へ丁寧に埋葬するしかありません。たとえば抹茶茶碗なら、400年以上も前の桃山時代の古いものでも、基本的に現在のものと同じように何の問題もなく使えて、しかも『古志野』などと呼んで、現代の志野茶碗よりもはるかに値打ちがあるのですが、やきものとカメラは全く違いますねー。

★モータードライブ

 フイルム巻上げを非常に高速で行ない、1秒間に何枚もの連続写真の撮影が可能となる装置で、カメラ本体の下部に取り付けて使いました。しかし、これを多用しますと、36枚撮りのフイルムでも、すぐに終わってしまいます。下に示す写真の機種では、カメラ本体と同じくらいの高さがあり、2階建てのカメラのような、かなり大げさなものになり、重くてかさばり、機動性に欠けますので、実際にはほとんど使わずじまいでした。ちなみに、このモータードライブ装置の下半分は、電池ボックスで、高速巻上げにはパワーが必要なために、単3乾電池を8本入れないといけません。
当然のことですが、デジタルカメラにはフイルムはなく、巻き上げる必要もないので、モータードライブは全くの不用品です。

前面  背面

ニコンF2の下部に取り付けたモータードライブ
(グリップもその一部。全体がよく見えるようにレンズをはずして撮影。)


★データバック

 写真を撮影した日付を写真の下部に小さく写し込むためのもので、カメラ本体の裏蓋と交換して使いました。ついうっかり間違った日付のまま写し込んでしまい、アリバイ(?!)が成立せずに後でかえって困ることもありました。安価なコンパクトカメラで、最初からカメラ本体内に内蔵されているものもあり、日付がよい記録になる半面、じゃまなこともありました。デジタルカメラでは、撮影年月日が写真とは別のデータとして自動的に記録されますので、データバックのようなのは必要ありません。今や撮影年月日のみならず、GPSによって撮影場所(北緯や東経)やその場所の海抜高度まで自動記録される機種もあります。ピンポイントで撮影場所が特定できますので、たとえばジャングル探検の写真などのように撮影位置がよくわからない写真の整理や移動した軌跡のトレースなどに、とても便利な機能です。私は、撮影位置の記録用として、キヤノン1Ds Mark Ⅲに、世界的に定評のあるアメリカGarmin社のGPS装置を接続して撮影することがあります。このようにして撮影した各写真は、デジタル地図の上にドラッグ&ドロップすると、その撮影場所がどこであるかが一瞬にしてピンポイントで地図上に表示されるソフトがあり、あちこち大きく移動する撮影には非常に便利です。どこの地方でもオーケーです。
 データバックの実例を次に示します。

ミノルタXDの裏蓋をデータバックに交換した例


★ポラロイドバック

 デジタルカメラでは、撮影した直後にモニターにその写真が表示されますが、フイルムカメラでは、現像(プリント)するまで写り具合が全くわかりませんので、撮影する写真の露出や構図をあらかじめ確認するために、予備的にまずポラロイドフイルムで試写し、その結果をすぐにその場で見て、露出や構図をベストなものにして通常のフイルムで本番の撮影をするためのものです。ただし、ポラロイド写真の色合いは、もともと変でして、色合いの厳密なチェックにはあまり適していませんでしたが、失敗を許されないプロの業務用写真の撮影時(特にスタジオ撮影)のチェックによく使われました。従って35mmカメラではなく、もっと大きな6x6cmや6x9cmサイズのプロ用中型カメラ用です。そのようなカメラは、本体後部にフイルムを収納するフイルムバックを取り付けて使いますが、そこにポラロイドバックを取り付けてチェックのための撮影をしてから、本番ではフイルムバックと交換して通常のフイルムに撮影しました。私は以前にHasselblad(ボディはスウェーデン製・レンズはドイツのツァイス製で6x6cmのサイズの写真が撮れる)やマミヤRB67 Pro Sで重要な写真を撮影する時に、ポラロイドバックはよく使いました。その一例を下に示します。これ用のフイルムは、今や製造されていないのではないかと思いますが、もはや使わないので、そんなことはどうでもいいことですが。
 現在では、デジタルの中版カメラも市販されており、組み合わせるレンズによっても価格は異なりますが、たとえば標準的なHasselbladで280万円くらいします。

マミヤRB67 Pro Sにポラロイドバックを装着したもの
通常の撮影時にはその右側にある普通のフイルムバックを使う。
これ用のフイルムは120(通称『ブロニー判』)というロール状の少し大きなもの。


現在のコンパクトデジカメの凄さ

 つい先日まで私はコンパクトデジカメには全く興味がなく、大したことないトイカメラの仲間であると思って無視していたのですが、たまたまテレビショッピングを見ていたら、コンパクトデジカメの宣伝をしていて、色々と凄いことができることがわかり、しかも値段がライカカメラのストラップ(首からカメラをぶら下げるための紐)の値段くらいの2万円弱でしたので、すぐに壊れたとしても大したことないやと深く考えもせずにすぐに電話で申し込みましたところ、数日して届きました。それを早速にも海外旅行に持って行き、家内に試しに使ってもらいましたが、私は大きくて重い35mmフルサイズのデジタル一眼レフを使用しました。そのコンパクトデジカメの多機能振りと写りには、完全に脱帽しました。今のコンパクトデジカメは他のどれでも類似でしょうが、たとえば360度パノラマ写真、ムービー、夕焼けモード、夜景モード、逆光モードをはじめ色々とあり、撮影困難なシチュエーションでも、とても素晴らしいきれいな写真が簡単に撮影できるようで、びっくりしました。非常にコンパクトでポケットにも余裕で入り、常に持ち歩いてシャッターチャンスを逃さず、普通の写真はもちろんのこと、特殊な状況下でもそれぞれに対応した自動補正をしてくれるモードがあり、状況に応じた素晴らしい写真が撮影できるので、本当にお値打ちでインテリジェントなカメラだと思いました。しかし、大きな問題点がわかりました。他のこのタイプのカメラなら同様でしょうが、直射日光下での撮影では、カメラ背面の液晶モニターに出ているはずの像がよく見えず、そこには自分の顔が鏡のように映っているだけで、撮影しようとする被写体の構図が決められないことです。さらに、高級デジタル一眼レフに比べて、いろんな点で迅速性において非常に劣るのが最大の欠点で、この遅さは我慢の限界ぎりぎりです。
 それにしてもコンパクトデジカメもここまで進化したんですねー、知りませんでした。これは本当に凄いです。食わず嫌いでした。写真に特にマニアックでない人が、風景などを楽しみながら気楽に撮影をする程度なら、これで十分だということがよくわかりました。とにかくコストパーフォーマンスは最高です。下に実物写真を示す私の常用の35mmフルサイズのデジタル一眼レフカメラは、標準ズームレンズ付きで重量が2kgもあり、海外旅行などで首からぶら下げて1日中歩き回っていると首や肩が凝って大変です。ここで話題にしているコンパクトデジカメと比較して、重さで10倍、値段で25倍もしますが、機能的に負けていることがたくさんありますし、決して値段に応じた25倍素晴らしい写真が撮れるということはなく、逆にシャッターチャンスを逃す可能性が25倍も高くなるかもわかりません?! 写真は、レンズの他にシャッターチャンスと構図が一番重要なのに、こんな大層なカメラを普段に常にどこへでも持ち歩くことは不可能ですが、コンパクトデジカメならポケットやカバンに常に入れておくことができ、たとえば極端な例ですが突然隕石が落ちてくるのに遭遇したとかの千載一遇の思わぬシャッターチャンスに出くわしても、とっさに取り出してマスコミに売れるような決定的な素晴らしい写真が撮影できるという大きなメリットがあります。スマホでもアプリを色々と追加すれば、かなりのことが可能かと思いますし、近い将来にはコンパクトデジカメは消えてスマホがその代行をしそうな気配です。参考までに、上記の両カメラを下に示します。

テレビショッピングで購入したコストパーフォーマンス最高のコンパクトデジカメ
このクラスのデジカメがこんなに高機能になっているとは今まで知りませんでした。
普通の写真を撮影する程度ならこれで十分です。わずか200gと軽量でコンパクトです。

普段に一番よく使っている35mmフルサイズのデジタル一眼レフカメラ
なんと2kgもあり、上記のコンパクトデジカメの25倍の値段します。


こぼれ話

 上記で書きこぼれたことを以下に書きます。私は10歳から写真を始めて現在に至るまで、人間を長くやっておりますし、とても凝り性ですので(肩もよく凝りますが)、普通の写真は言うに及ばず、ミクロ(顕微鏡写真)からマクロ(天体写真)まで、世界各地で実に多彩にいろんな撮影をしてきました。所有する機材も普通の趣味の領域をはるかに超えております。何事も、とことん極めないと気がすまない性格ですので、カメラや写真に関しても、かなりのことをしてきました。その一部はすでに私のホームページに、この原稿の他にも2本の原稿をアップロードしてあり、それらも参照していただきたいのですが、さらに今後もたくさん追加していく予定です。
 私たちの『業界用語』として、大学院の博士課程を修了したら取得できる課程博士の英語の称号の略称としてPh.D.があり、仲間はほとんどこれを有しております。これは Doctor of Philosophy の略ですが、英文の名刺などに “Hiroshi Taguchi, Ph.D.” のように書きます。しかし、私に関しては Doctor of Photography の Ph.D. という方がふさわしいのではないかと自分では思っております。現実には、そんな博士号はないはずですが。
 私の撮影する姿、所有している機材や撮影した写真を見て、知人たちは『プロ級ですねー!』とかよく言いますが、ある時アメリカ人の親友にも同様のことを言われたので、『いや私はプロですよ!』と言い返したところ、なんと『プロとは、写真で飯を食っている人なので、あなたはプロではない!』と言われてしまいました。なるほど、そのとおりと納得して、すぐに『しかし、私は写真を見ながら飯を食っているよ!』と言ってやりましたところ笑っていました。
 プロかアマチュアかについてですが、これは単にそれで生計を立てているか否かだけの違いであって、上手・下手とは必ずしも関係はありません。ただし、プロなら全員がある一定のレベル以上の腕でしょうが、アマチュアは実にピンからキリまであり、下手なプロよりも上手で凄い人もたくさんいます。しかし、写真は芸術の中でのレベルは決して高いとは思えません。つまり同じ風景を同じ場所から撮影すれば、ずぶの素人でも超ベテランのカメラマンでも、出来上がった写真にはあまり大きな差はありません。しかも、その構図を決める時間は、わずかですし、その次の撮影(シャッターが開く時間)は瞬時で、すぐに完了する、とてもスピーディなものであり、芸術というよりも単なる現状の記録なのです。しかし、その風景を絵に描くとなると、かなりの時間がかかりますし、出来上がりは描く人によって非常に大きな差が出て、芸術的レベルの高い作品と呼べるものまで、実にピンキリです。とにかく言えることは、写真は絵画などとは全く違うということです。絵画では、描く人の美的センスやスキルが100パーセント現れますが、写真ではごくわずかなのです。もっとも、陶芸と漆芸の比較ならまだしも、写真と絵画を比較してガタガタ言うこと自体がナンセンスかも。絵画なら、1枚数十億円もする作品がいくらでもありますが、そんな写真はないと思いますし、いくらでも同じものがプリントできます。
 どの世界でも、プロは生計を立てる都合があり、よく売れそうなものや流行を追うようなものをと、周囲のことを非常に気にして仕事をしますが、アマチュアは、そんな心配は全くないので、大胆な思い切ったことができ、かえって斬新で素晴らしいものが作れますし、大金持ちの道楽なら採算を考える必要がなく、大金を投入して、とことんやりますので、プロ以上のもの凄いことができます。その一例が川喜田半泥子(かわきた・はんでいし、男性でこれは雅号、1878年~1963年)でして、その詳細については私のホームページの別項に詳しく書いてありますので、それを参照していただくとして、要点のみ書きますと、東京日本橋に長年にわたって代々続く老舗で大きな木綿問屋の第16代当主や百五銀行の頭取を26年間もしたり、議員などもした破格の名士で大金持ちです。特に陶芸の趣味は有名ですが、なんとライカのカメラも使っていましたし、その撮影している姿や写した写真は本などにも紹介されております。半泥子の陶芸の作品は、何万点もありますが、全て売り物ではなくて、あくまで自分の趣味で作陶したものであり、知人などにプレゼントしていたようです。たとえば小型の洗面器のように大きな抹茶茶碗とか、実に大胆でユニークなものが多く、まさにHighest Amateur” で、趣味に何十億円も使ったらしいと関係者から聞きました。余談ですが、私は半泥子の作品をたくさん所蔵しておりますし、半泥子の教えや考え方に賛同し、勇気付けられて作陶しております。どういうことかと言いますと、たとえば『自分で一生懸命に作った作品に失敗作はない。百個作れば百の反省があるのみ!』などです。半泥子には名言やユーモアのある名文句がたくさんあります。
 写真を撮影する人のことを英語では Cameraman と Photographer という2つの単語がありますが、両者には違いがあり、前者はテレビ局などで映像を撮影する人のことで、後者は芸術作品や普通の写真などを色々と撮影したりしている写真家やアマチュアのことだそうです。なので私はCameraman ではなくて Photographer というのが正しい呼び方だそうです。さらに、私は特別に写真に凝っているので、そういう人物のことを英語では ”Crazy Photographer” と呼ぶのだそうです。以上は、アメリカ在住の親友のアメリカ人に教えてもらったことです。従って英語的には、Cameramanはプロの人ですので、日本でよく言う『プロカメラマン』とか『アマチュアカメラマン』という言い方は変なのです。例えば、『プロのポリスマン』というのと同様です。さらに、”Cameraman” は男性で、女性なら “Camerawoman” という単語が英語にはちゃんとあります。類似のことが国際会議などの座長にもあり、男性なら “Chairman” で、女性なら “Chairwoman” ですが、男女の区別をせずに両者をまとめて “Chairperson” と言うことが多くなってきました。これらは普通に使われている正しい英語の単語ですが、”Cameraman” と“Camerawoman” をまとめて “Cameraperson” と言えば性別に関係しないのでよいかと思いますが、そんな単語は英語にはないようです。その点、 “Photographer” には男女の区別はありませんので、使うのが楽です。
 そんなわけで、たとえば『桜満開の京都に大勢のカメラマンがいた。』という表現は、英語的には二重におかしいのですが、カタカナでカメラマンと書けば日本語ですので、日本語的な使い方としてはこれでいいのでしょう。類似のことは、いろんな分野に大量にありますが、それらは英語ではなくて日本語だと思えばいいんです。たとえば喫茶店用語の『モーニングサービス』とか『フレッシュ』などや車用語の『フロントグラス』や『バックミラー』などいくらでもありますが、これらは本来の正しい英語ではなく、全て日本語です。これらの単語は、海外では全く通じませんので注意が必要です。ちなみに、日本のことを知らないアメリカ人などに、『日本のあちこちで毎朝行われている “Morning Service” とは何と思いますか?』と聞いたら、きっと『朝のお祈り』と答えるはずです。
 最後に、ついうっかりしてしまいそうな間違いの実例を紹介しておきます。アメリカでコーヒーを注文する場合ですが、日本の喫茶店で『アメリカンコーヒー』を注文する時に『私はアメリカン!』と言っても何ら問題ありませんが、それをそのまま直訳してアメリカの店で “I am American!” と言った人がいて(ただし、英文としては、American の前に不定冠詞の an が必要)、ウエイターが “Oh, really. By the way, what do you want to drink?” と聞き直したそうです。それでも間違いに気付かずに、再度同じように言ったそうです。アメリカでは、コーヒーの分類に “American Coffee” というような言い方はありませんので、この場合は、コーヒーの種類ではなく、この注文した人は『アメリカ人(アメリカ国籍)』だと思ったのでしょう。アメリカは多国籍民族の集合体ですので、なんら不思議なことではありません。この場合は “I'll have coffee.” と言うべきなのです。この ”have” は、アメリカに慣れていない人では出てこない言い方です。
 私は以前に大学で『科学英語』を教えていたこともあり、英語にはとてもうるさいのです。いつの間にやら実用英語の講義のようになってしまいました。英語に関しても、まだまだ書きたいことがたくさんありますが、ライカM3と関係ないので、このくらいで止めておきます。
 では、Have a good day! See you again!

【追伸: とても残念なお知らせ】
 デジタルカメラやスマホの広範な普及によって、今やフイルムの売り上げは激減し、ついにポジカラーフイルムは各社とも製造終了になっており、もはや小売店に残っているのみとなりました。将来も再開は有り得ないそうです。そして、いずれ近いうちに全ての一般用のフイルムが入手できなくなるのは確実な状況です。カセットテープやビデオテープも、すでに同様の運命を辿りましたが、それらは使用済みのものでも、録音時・録画時に内容を自動的に消去して何回でも再利用できますので、将来でも使えますが、フイルムの再利用は無理ですし、化学製品なので使用期限があり、買い置きにも限界がありますので、ライカM3が、いくら素晴らしいカメラであるといっても、いずれ近いうちにカメラとしては使えなくなり、ただの飾り・置物となりますのでご注意下さい。ただし、全てのライカのレンズは、ライカのデジタルカメラにそのまま使えますので、引き続き今後もライカレンズの独特の味を楽しめます。フイルムが入手できなくなっても、ライカのレンズに関しては全く心配いりません。
 ただし、富士フイルムのみは、あとしばらくは細々とフイルムの生産を続けるそうです。

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