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脳波によるリラックス度の評価

はじめに

 人生で一番重要なものは言うまでもなく『健康』であり、筆者のモットー・座右の銘は『健康がすべてではない。しかし、健康がなければすべてはない』です。人生で一番重要な健康を害する主な根本原因は、大まかに言うと、『活性酸素種による酸化ストレス』『精神的ストレス』です。後者は、とても曖昧な概念であり、なんとかして数値化しないと詳細な定量的で科学的な研究は困難です。そこで、それをどうすればよいかについて、種々の検討を重ねてきた結果、脳波を測定して『ストレス度』(裏を返せば『リラックス度』)を数値化する方法を考えました。その具体的な方法などを以下に書きます。
脳の神経細胞の活動に伴って発生する超低周波数・超低電位の活動電位を頭部から取り出して記録したものが『脳波』で、英語では “Brain Wave” と言います。その際に一般に測定する周波数レンジは、1〜30Hzくらいであり、そこで発生する電位は30μV以下くらいです。このような電位を、頭に付けた電極で拾い、ノイズなどの処理をして数値化やグラフ化する装置が『脳波計』です。脳波の測定は、微弱な電位を扱うために、筋電位や静電誘導・電磁誘導などの影響を避けねばならず、非常にデリケートな測定となりますので、測定には細心の注意を払わないとクリアなデータは出ません。この装置には、脳の病気の診断に使うための医療用の本格的なものから、手軽にストレス度が調べられるような簡易型まで種々のものが市販されております。筆者が実際にストレスの研究に使用している脳波計は、FUTEKエレクトロニクス社製のFM-515A型、FM-717型、FM-919型の3機種であり、特にFM-919型はフーリエ変換型で、複数台を使用して広範な研究に常に活用しているメインマシンです。

脳波の分類

 脳波の分類としては、周波数の低い方から順に、δ波、θ波、α波、β波と命名されており、その各波の周波数レンジは、研究者によって多少の違いはありますが、一般的なものとしては表1に示すようです。これを図式化しますと図1のようになります。さらに30Hz以上をγ波と呼びますが、この領域は普通ではあまり使いません。

 図1に示すように、各脳波の周波数は、連続していることに注意して下さい。すなわち、例えば、α波の上限周波数とβ波の下限周波数は連続しているのです。この図を見るとよく分かりますが、δ波、θ波、α波のレンジは、ほぼ等間隔で狭いのに対して、β波のレンジは他の3波に比べると非常に広いことが分かります。そのために、筆者は解析目的によっては、β波を三分割して、周波数の低い方から順に低β波、中β波、高β波と区別することがあります。この図で、左へ行くほど脳の休息度が高いとも言えます。
 さらに各波の出やすい脳の状態の例を表1にまとめておきます。ここに記した表現は、ほんの一端を示すものであり、この表現を鵜呑みにしないで下さい。一言ではとても表せない複雑なものですので。さらに注意していただきたいのは、今までに数百人、延べ数千人もの人で脳波を測定してきて分かったことは、人によってα波のピークの位置(たとえば図2のメインピーク)が多少ずれていること、自覚症状としては非常に癒されて気分がとても良くなったことをしたにもかかわらず、その際に実際に脳波を測定してみてもα波が上昇しない例があること、逆に気分が悪くなるようなことをしてもβ波が上昇しない例もあることなどを経験してきており、自覚症状と脳波が必ずしも一致するとは限らない場合があることが分かっています。よって、ストレス度が低下すればα波が上昇してβ波が必ず低下するとは断言できないのです。目下これらの理由を詳細に検討し、自覚症状が脳波で的確に表わされるような、より現実に即した結果が出るような4波のデータ処理方法(数式)を見付けるために、それぞれの人に最も快適と実感することのみならず、極端に不快になるような例までも主に自分で実験するなど、様々な検討をしているところです。

リラックス度

 リラックス度、逆に言えばストレス度を科学するためには、その曖昧な概念を数値化して比較する必要があり、筆者は種々の方法を実際にトライしてみましたが、現時点で簡単にやれる範囲でベストであると思えるものは、脳波を測定して、以下に示すリラックス度を算出して用いることです。しかし、これはまだ完璧な方法ではなく、今後改良の余地があります。すなわち、α波とβ波の平均電位または合計電位の比率を『リラックス度』(Relaxation Degree) と筆者が命名して、この値が上昇すれば快適度が増し、逆に低下すれば不快度が増すとするものです。それは次式で示されますが、今後さらに検討・改良して、より現実に即した体感度によく合うような式に改良していきます。

 このリラックス度の値は、通常ではほとんどの場合に1から2の間に入りますが、たまに1以下や2を越える例があります。ただし、平常時のこの値は、同一人であれば、常にほぼ類似の値となります。
 すでに実に多数の人で、様々なものに対する脳波の応答を調べておりますが、その結果として言えることは、一般に年齢、性別、血液型などによる法則性はなく、各人で得られる結果は千差万別だということです。

実際の脳波の測定

 ここでは、筆者が日常的に最もよく使用しているFUTEKエレクトロニクス社製のFM-919型を例に取り、測定法の概略と注意点を書きます。
 脳波の測定は、非常にデリケートなものですので、人への影響を可能な限り低減するために、雑音の少ない快適な環境の部屋で測定しないといけませんし、閉眼状態で体の全ての部分を一切動かさずに行います。ただし、視覚が脳波に及ぼす影響を測定する時のみ開眼で特別の方法で行います。額と耳たぶに電極を付けますが、アルコール入りのウエットティッシュで皮膚と電極をよく拭いてからセットします。乾燥肌とかで通電性が非常に低い場合(SENSORの赤ランプ点灯)には、水をたっぷりと染み込ませたティッシュペーパーで軽く肌を湿らせて、赤ランプ点灯が緑ランプ点灯になるようにしてから測定します。測定時間は、コントロールの普段の脳波を測定するのであれば、ある程度長めが良いと思いますが、一般的で突発的・単発的な刺激に対しては、すぐに脳波に反応が出ますが、普通ではその後20〜30秒もすれば、ほぼ元の脳波に戻ることが経験的に分かっておりますので、実験の目的によっては、短い時間の測定の方がベターです。つまり、応答をほぼリアルタイムに測定できるという利点があります。しかし、たとえば唾液中のα-アミラーゼ活性を測定するストレス度の測定法では、このような迅速な応答は原理的に全く無理です。
 FM-919の場合の実際にモニタ画面に表示される測定結果は、図2のようです。各パターンは10秒ごとの平均電位の棒グラフで、横軸が周波数で縦軸が電位です。このデータ表示は、測定時間の長短にかかわらず、一番上に全測定時間での平均値も表示されます。各グラフ中の赤い縦線は、α波の中心周波数である10Hzを示すラインです。


図2.脳波計(FM-919)で1分間脳波を測定した時の結果の棒グラフ表示の例


 1秒ごとの各波の電位が図3のようなエクセルで読めて処理できるテキストデータとしても取り出せます。この実例は、1分間測定の場合で、縦60行(60秒間)×横56列(0.5Hz刻みで2.5Hzから30Hzまで)のスプレッドシートになります。


図3.脳波計(FM-919)で1分間脳波を測定した時の結果のエクセルデータの例


上記のデータを、あらかじめ自分で計算式を入力してあるエクセルで処理したのが、次の図4です。これによって、各脳波ごとの合計電位、全体の中での各脳波の割合、リラックス度が自動的に算出され、すべてが数値化されていますので微妙な差もわかり、科学的で定量的なストレスの研究には非常に便利です。


図4.脳波計(FM-919)で脳波を1分間測定した時の結果を各波の合計電位の
棒グラフやリラックス度で表示した例 (自作のプログラムによる)


驚いた時の脳波の実例

 コントロールの脳波測定のようにして平常時の脳波の測定開始20秒後に、予告無く被験者の背後から突然に『ワッ!』と言って両肩を両手で軽く叩いて驚かせると、すぐに脳波に大きな変化が出ましたが、その後20〜30秒もすると元の状態近くに戻るようです。このようにして1分間測定した際の各波の合計電位の変化(緑→赤)を図5に示します。この図から分かるように、δ波、θ波およびα波は、驚いたことによって少し低下するのに反して、β波は顕著に上昇し、リラックス度は、驚く直前の値の1.62から0.94に大きく低下しました。今まで、多種多様なことに対する脳波の変化を測定してきましたが、全般的に言ってα波の変化よりもβ波の変化の方が大きい傾向があり、この驚いた時も類似の傾向が見られました。

図5.驚いた時の脳波の変化


食品の摂取が脳波に及ぼす影響の実例

 多少の例外がありますが、一般に好きな食べ物を楽しく食べると脳波的に良くなり、逆に嫌いな食べ物を無理に食べると悪くなります。ここでは、非常にクリアな結果が出た実例を表2に示します。このデータは、説明に都合の良いものだけを選んでリストアップしたのではなくて、1回のみの測定ですが、全ての結果を記載しております。この披験者の場合、ちょっとユニークで、最も好きな食べ物は『マヨネーズ』であり、ご飯にマヨネーズを掛けて食べたり、マヨネーズをチューブから直接吸って飲むくらい大好きだそうです。逆に最も嫌いなものは『のど飴』だそうです。食品の好き嫌いによるリラックス度のコントロール(食前の値)に対する変化度合を、実によく表現していることが分かります。以上は1人の年配の人の実例ですが、この他に女子学生でよくある例は、大好きなものがケーキで、大嫌いなのはレバーですが、彼女らがこれらを食しても見事に脳波に表れます。


脳波測定現場風景

★三重大学伊賀研究拠点(伊賀市ゆめが丘)にて

 職場体験で伊賀市立緑ヶ丘中学校の生徒さんの訪問を受け、『好きな食べ物と嫌いな食べ物が脳波に及ぼす影響の実験』をしました(平成24年11月7日実施の様子)。

 この写真のA君の好きな食べ物は『玉子焼き』で、嫌いな食べ物は『わさび漬け』だそうですが、それらを持参してもらい、食べる直前と食べた直後の脳波から、上述の『リラックス度』を算出してグラフ化したものを下に示します。A君の平常時(食前)のリラックス度はなんと5.50で、この値は今まで何百人と測定した中で、群を抜いて高い値です。通常は1から2の間くらいですので、A君のリラックス度の高さは驚異的です。


★三重大学健康増進学研究室(津市・三重大学総合研究棟?U内)にて

 ここでも同様に、『好きな食べ物と嫌いな食べ物が脳波に及ぼす影響の実験』をしてみました(平成24年11月16日実施の様子)。

 この写真の披験者は、研究補助をしてくれているB子さんですが、彼女の好きな食べ物の1つが『ケーキ』で、嫌いな食べ物は『コーヒー』だそうですが、それらを食べる直前と食べた直後の脳波から、上述の『リラックス度』を算出してグラフ化したものを次に示します。『ケーキ』によるリラックス度の上昇率はわずかでしたが、他にもっと好きな食べ物があるようですが、研究室で準備するのは大変なものですので、後日なんとかしてそれをトライするつもりです。


 リラックス度が最大に上昇する方法は、人によって実に千差万別ですので、五感のそれぞれに対する各自に最も効果の高い方法を見つけて、できる限り多くの時間、毎日のようにそれを実行し、健康増進・疾病予防・健康長寿・美の保持などに努めていただきたい。ストレスが生活習慣病をはじめ、多くの厄介な疾患の原因になっていることがよく知られているからです。ちなみに筆者の場合は、表3に示すものが、今までに非常に多数のものに対して測定した中でベストです。この中で、聴覚、嗅覚、味覚の結果については特に納得しております。すなわち、これらは全て20歳前後から現在に至るまで、非常に好んでよくやっていることだからです。音楽ではモーツァルトが一番好きで、レコードやCDなどもたくさん収集しており、彼の故郷のザルツブルクへも3回行ったことがあります。白檀は、夏場の茶道において常に使うお香です。バナナは毎朝必ず1本食べております。脳波のことを知るずっと以前から、快適なことは無意識のうちに体感で自然に分かっていたのだと思います。
 脳波は奥が深く、とてもデリケートで難しいですが、非常に面白い研究対象であり、重要なものです。今後さらに深く研究し、その成果を健康増進・疾病予防・健康長寿などに役立てる所存です。

 
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