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著名な作家の志野茶碗の紹介

 やきものの種類は、実に多種多様ですが、個人的には志野が一番好きで、その中でも抹茶茶碗が特に好きです。そこで、以下に著名な陶芸作家10人の志野茶碗を、各1碗ずつe‐展示しますのでご覧下さい。志野茶碗は、高台付近(下面)も非常に重要な見所ですので、それぞれの茶碗について、正面、見込み、高台付近の3枚の写真を掲載します。


人間国宝で志野の最高峰 荒川 豊蔵 作

 荒川豊蔵については、別項の筆者のホームページ『人間国宝・荒川豊蔵の志野と随縁など』の中に詳細に解説してありますので、参照して下さい。

実物を角度を変えてよく眺めてみると、
竹の子の絵が描かれているようです。



人間国宝 加藤 孝造  作

 加藤孝造は、昭和10年(1935年)3月12日生まれの現役作家で、昭和45年に荒川豊蔵に師事し、平成22年に人間国宝となりました。抹茶茶碗の作風は、師の荒川豊蔵に似ていますが、一般に、より大振りで赤みがよりよく出ています。加藤孝造の作品は、ピンクの色合いが濃くて丸みがあり、温かみや優しさが感じられ、ほのぼのとした癒し系のものが多くて大好きです。筆者自らで脳波を測定して研究した結果、色ではピンク系が最も癒される色でした。別項の筆者のホームページ『脳波によるリラックス度の評価』の中にそのことが記載してありますので、参照して下さい。さらに、同『人間国宝・荒川豊蔵の志野と随縁など』の中に、加藤孝造についても少し書いてありますので、参照して下さい。
 ここに示す茶碗は、釉薬の大きなひび割れ・縮みである『カイラギ(梅花皮)』が外側のみならず内側も含めた全面に強く出ており、鑑賞用にはそれらは素晴らしい景色なのですが、実際にこれで抹茶を飲み続けると、カイラギの溝の中に抹茶が入り込んで、ついには完全には除去できなくなり、汚れが貫入よりもずっと厄介なことになるのが問題ですが、仕方ありません。京焼の茶碗などのように、肌の表面全体がツルツルで、染み込む余地の全くない磁器のような焼物であれば、抹茶を飲んだ後の処理はとても容易ですが、肌自体には変化がなくて深い味わいはありません。その代わりに京焼ですと、季節感などのある繊細で京都らしい上品な美しい絵付けを見て楽しめます。それに反して志野茶碗の絵は、よく見ないと何が描いてあるのかわからないような抽象的に近いものが、さらりと簡潔に骨太に描かれているだけです。見る人によって絵の解釈が異なるのがよいとの説もあります。古志野には竹の子の絵が、近年のものには梅の絵が多いような気がします。

 この絵は梅の枝のようです。



加藤 唐九郎  作

 1897年に愛知県に生まれ、1985年に他界。桃山時代の陶芸の研究と再現に努め、各種の賞を受賞し、1952年に人間国宝には指定されましたが、永仁の壷事件で1961年に取り消しとなりました。



北大路 魯山人  (きたおおじ ろざんじん)  作

 1883年に京都に生まれ、1959年に没する。篆刻家・画家・陶芸家・書道家・漆芸家・料理家・美食家など多方面に活躍した多彩な人で、1955年には、織部焼の人間国宝に指定されましたが辞退しました。



川喜田 半泥子  (かわきた はんでいし)  作

 川喜田半泥子については、別項の筆者のホームページ『川喜田半泥子のe‐美術館』の中に、詳細に解説してありますので、参照して下さい。



谷本 光生  (たにもと こうせい)  作

 谷本光生については、別項の筆者のホームページ『谷本光生の伊賀焼の魅力など』の中に、詳細に解説してありますので、参照して下さい。



林 正太郎  作

 林正太郎については、上記のホームページの『人間国宝・荒川豊蔵の志野と随縁など』の中に少し書いてありますので、参照して下さい。



豊場 惺也  (とよば せいや)  作

 豊場惺也については、上記のホームページの『人間国宝・荒川豊蔵の志野と随縁など』の中に少し書いてありますので、参照して下さい。



加藤 健  (かとう たけし)  作

1947年に岐阜県で生まれて、現在も活躍中。



林 亮次

昭和15年生まれ・荘山窯3代目・美濃伝統工芸士・入選多数。



茶碗の箱

 上級の茶碗は、写真に示すように、紙箱、外箱(漆塗り箱)、内箱(桐箱)のように、何重もの箱がほとんど隙間無く、きっちりと重ねて入っております。この実例は、上記の加藤孝造の志野茶碗の箱です。



茶碗各部の名称

上記の林正太郎の志野茶碗を例にして示します。

 各部分の名称は、茶碗全体一周についての名称です。次の茶筅摺りや見込も同様です。
 なお、絵のメインの部分のある面が茶碗の正面で、呈茶の際には、その正面を客に向けて出されますので、飲む時は茶碗を左手の平に乗せて右手の指で約90度手前に回して、正面を避けて抹茶を飲みます。


 目跡とは、窯の中のスペースを有効に活用するために、他のやきものを上に重ねて焼く時に、その上下の作品の釉薬が溶融してくっ付き合うことのないように置く隔ての跡のことです。これは茶碗の重要な景色、見所になります。ただし、目跡のある茶碗は、そんなに多くはありません。普通の人が見たら傷物と思うような目跡などを、茶人は景色として喜ぶのは価値観の違いによるものであり、興味深いことです。とにかく均一ではなくて、芸術的で大胆な変化・不均一性が重要なのです。たとえば、色の濃淡に全く変化が無くて、色見本帳のように全体が均一なピンクの色で、肌の表面も全体が均一にツルツルのやきものでは、芸術性ゼロで全く話になりません。なんと言っても、やきものには適度な『ゆらぎ』のある芸術的な変化や不均一性が必須です。


 最後に比較のために、橋本紫雲作の京焼の扇面流し絵茶碗を、上記の志野茶碗と同様に撮影して示します。口造りと高台は、コンパスで円を描いたように真ん丸の真円で、釉薬の肌はクリーム色均一のツルツルで、内側は全く何の変化もありません。形が整い過ぎていて、肌もとてもきれいですねー。何かにつけ志野茶碗と比べて、大きく異なりますが、皆さんは、この写真を見てどのように思われますか。



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